Wong Kar-Wai’s “My Blueberry Nights” | マイ・ブルーベリー・ナイツ

キャッチーな宣伝文句の賞味期限が切れ、先入観無しで見てみると、以前一度だけ見て放置していたDVDの山の中にも、意外と好きな映画が隠れていたと気付づくことがある。このMy Blueberry Nightsもそんな映画の一つだ。最初見たときは、主人公が失恋を機に旅に出かけてハッピーエンド、という展開にほとんど魅力を感じなかった。再び見てみると思っていたよりも良くて、ただの洒落た雰囲気の映画で片付けてしまうのも惜しいので、いつものごとくつらつらと思ったことをアップしておくことにした。

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出演陣について言えば、ここで語るまでもなく豪華な顔ぶれである。何と言っても、TC Candlerの「最も美しい顔」に選ばれているレイチェル・ワイズ(Rachel Weisz)とナタリー・ポートマン(Natalie Portman)が脇役で出演しており、この整った究極の美人顔を眺めているだけで何だか目の保養になる。この二人と並べば、主人公エリザベス役のノラ・ジョーンズ(Norah Jones)も身近にいる等身大の女の子って雰囲気になるから演出的には成功しているのか。ジェレミー役のジュード・ロウ(Jude Law)の元彼女役で出演しているキャット・パワーを最初見たとき、独特のオーラを放つ個性的な女優さんだなと思ったのを覚えており、ただ、あまりにも短いシーンでの起用だから、そんなに有名な女優さんではないのかと勝手に思い込んでいたら、実は、この映画で流れている曲を歌っているシンガーソングライターだった、、、

音楽は当然、ノラ・ジョーンズのThe Storyで始まり、途中はRy Cooderのインストルメントがロードムービーの雰囲気を盛り上げてくれてとてもかっこ良い。ヴィム・ヴェンダースの「Paris, Texas」を意識せずにはいられなかっただろうし、メンフィスで撮影している辺りは、ウィリアム・エグルストンの写真を彷彿とさせる。監督曰く、撮影はすべてロケで、セットは使用していないとのこと。その場で使用されている照明をそのまま活かし、どぎつくなりがちな原色のネオンは、明るさを落とすのではなく逆に強調させている。その難しい色彩感はボケを使って柔らかな雰囲気にし、ウィンドウ越しの撮影は奥行きが出て、変に凝り過ぎてる感じはしなかった。スローモーションについても、それほど気にならず、その時々のシーンに応じた自然な演出になっていたように思う。

冒頭でも書いたように、この映画は、失恋を機に旅に出る女の子の自分探しがテーマだ。失恋したからと言って、みんながみんな、旅に出られるわけでもないし、旅に出たからと言って何かが劇的に変わるということも稀だと思う。けれど、エリザベスのセリフにあるように、失恋して落ち込んでいる自分を変えたい、恋人への思いを断ち切りたいという気持は、多くの人が一度は抱えたことのある悩みだと思う。

“You know I came here the night I left but I didn’t make it past the front door. I almost walked in but I knew that if I did I would just be the same old Elizabeth. I didn’t want to be that person anymore…”

ジェレミーのカフェに通うようになってから、エリザベスの元彼への未練は次第に収まっていく。そのカフェで素の自分でいられる不思議な居心地の良さを感じたのだろう。わざわざ旅なんかに出なくても元彼を吹っ切って、ジェレミーを好きになればいいのにって気にもなる。でも、そんなことは許せない頑さがエリザベスの魅力ということか、過去の失恋は同じ過ちを繰り返すことになるのではないかというトラウマになって彼女を不安にさせた。結局、そんな自分を変えるために旅を選んだエリザベスはとても潔い精神の持ち主なのだろう。旅の途中、彼女は色んな人に出会いながら、自分自身と向き合うようになり、その過程でこんなセリフを言っている。

“Sometimes we depend on another people as a mirror to define us and tell us who we are. But each reflection makes me like myself a little more…”

日常ではなかなか解放されない、気付くことの出来ない本来の自分を目覚めさせるには、ちょっとした外からの刺激に助けを借りなければいけない。非日常の旅に出ることによって、素になり、予期せぬ出来事にも対処していく。そうすることで感性が研ぎすまされ、本当の自分に気付いたり、生きている実感をあらたに持てるようになる。旅はいつも人生のメタファー、この映画のように一年という短い期間でなくても、人は一生をかけて帰り着くべき場所、辿り着くべき本来の自分を探し続けるのだと思う。人は幸福になることは望むけど、不幸になることは望まない。けれど、自分を変えていくきっかけは、いつも、困難なこととの出会いの中にあるのだから、詰まる所、その困難を与えられている人こそ、結果的には幸福な人とも言える。日常の生活の中で起こる些細な幸、不幸は、結局自分を成長させるために与えられているということなのだろうし、その変化を日々深く感じることで、実は旅に出なくても意外と新鮮な気持で毎日生きていくことはできるのだと思う。

エリザベスは旅に出る前からすでに新たな恋の始まりを感じていた。そもそも、ある人を好きになるのを止めて、新たにこの人が好きと感じるようになるのに、正確な日付などない。いつだって、あの人この人への思いが複雑に入り乱れながら人生は進んでいく。そして期が熟し、エリザベスは再びジェレミーのカフェへと戻っていった。それはあたかも初めからそうなると決まっていたかのように自然な成り行きだった。

My Blueberry Nights(2008)
Directed by Wong Kar Wai
Written by Wong Kar Wai, Lawrence Block
Starring Norah Jones, Jude Law, David Strathairn, Rachel Weisz, Natalie Portman Cat Power Chan Marshall
Music by Ry Cooder
Release dates: May 16, 2007 (Cannes)
November 28, 2007 (France)
January 3, 2008 (Hong Kong)
April 4, 2008 (United States)
Running time: 95 minutes
Country United States
Language: English